震災と足湯

 眉山からみえるまちなみが南三陸町志津川にみえたそうだ。大震災の被災地とくに南三陸町を中心に「足湯」をつかってもらいながらおはなしを聴く活動をつづけている、石川県金沢市の寳泉寺住職、高野山本山布教師の辻雅榮さんをおむかえしてお話をお聞きします。

 発端は能登地震のとき、自分が何ができるかをかんがえ被害のひどかったところにいき、仏像や位はい、お墓をもとのようにもどすことから行動を始めた。そのとき、90歳の老僧侶にであい、「お寺の被害はどうですか?」となにげなくたずねたところ、「被害はこれじゃ」と全壊半壊の檀家さんの名簿をしめし「檀家さんの復興なくしてお寺の復興はない」との信念ある言葉と行動に深く感銘をうけた。そして、避難所に行って話しを聞くボランティアを看護士さんらとアロマテラピーを利用してはじめる。しかし被災者のほうが自分たちに話しをあわせてくれることがおおく、真なる交流にはならず、お寺やサロン以外では何の役にもたたない、はずかしい、という思いが強くなってきた。

 そのとき神戸の被災地NGO恊働センターで「足湯」という支援の方法に出会い、被災地支援に活用し、没頭するようになる。

 足湯をしに避難所をまわると、感謝されどんどんしゃべってくれ、そうだねときいている自分があり、1300人のかたの足湯をされたそうです。そのなかで、「くうねるたれる」の人間の基本がいちばんこまっていることだという困難な状況でも、足をあらってもらうと足が軽くなり、こころもかるくなり、戸口に立ってまどがひらき「こんなおれでもなにかできる」という感想が聞こえるようになった。

 足湯の起源は光明皇后の千人施浴の慈悲の心にもつうじるおこないであり、菩薩の方便の四摂の布施愛語利行同事をめぐらすことです。智慧とは勇気を出して半歩すすむというボランティアであり、被災者の多種多様なそれぞれのニーズを虚心になって聞き、役立つことやものを用意する事をこころがけておられるそうです。2トントラック2台の足湯隊は、さいごにはつかわせていただいた場所や便所をきれいにそうじして、あとになにものこさないようにして去る事をモットーにしているそうです。

 写真前の真ん中が辻さんです。

 音楽は、おおたか静流「東北」「家路」「いつもとおり」、BGMはパコデルシアです。
 
 オープニングとエンディングは、ユア・ソング・イズ・グッドの「OUR LIFE」。カンノヨウコ「AI戦隊タチコマンズ」。人に行動をおこさせるものが真実だ。道に落ちているお金でなく、這っている昆虫が真実なのだ(養老孟司曖昧引用)。東日本大震災の今、日々の生活をたしかめてみませんか。
 
 音楽ファッション政治経済趣味雑学の、ほっこり足湯。おとなのクールでホットで上質な?会話がたのしいエフエムビザン79.1メガ、土曜日午後8-9時の「3Bの鉛筆」です。サイマルラジオで全世界配信中。http://www.simulradio.jp/ 放送時間に、四国、B-FMびざんの「放送をきく」をクリックしてください。
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この記事へのコメント

大法螺窟
2011年11月21日 07:48
てきらどてらいやっしょ!次回、徳島へおこしの節は、大法螺窟へも、ぜひ、お立ち寄りください。

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